法要音楽会


この演奏を聴けたのは、降って来た御縁。
蓮台寺の大きなお不動様の前で、
台南にダムを造った八田與一氏の生誕125周年の法要が今日行われた。
それはまた同時に、このたびの大災害の法要にもなってしまった。
護摩壇での声明に続き銘器奉納演奏。
奇美博物館所蔵の1733年デル・ジェス-Lafontと、1713年ストラディヴァリ-Wirthと
今日、演奏をしてくださった久保陽子先生所有の1694年アンドレア・グアルネリの音色を聴かせて頂いた。
フランソワ・トルテの明るい赤味のある色の弓とダークな色味の弓とドミニク・ペカットの弓。
パガニーニ『24の奇想曲』24番、クライスラーレチタティーヴォとスケルツオ・カプリス』、バッハの『シャコンヌ』。
ふきさらしの寒いお堂の中、演奏環境的にも音響的にもけっして良くない場所にも関わらず
指盤と指の音も聞こえる5歩ほどのすぐそこに世界の銘器が揃う不思議。
名だたる演奏者が弾きたいと思ったところで触れられる楽器でもなければ、
聴衆が一度でいいから聴きたいと願うことすら思いつかないような楽器。
同じ曲をバイオリンを持ちかえて、また、それぞれ弓を持ちかえての聴き比べなんて、
この先、絶対あり得ない、夢のような演奏会だったと思う。
外から容赦無く響いてくる野鳥のさえずりと、
300年前のクレモナで作られた楽器の奏でる音の流れの中に
浮かんでは消える戦争と台湾と日本との歴史と、そこにあったインフラ事業。
目をつぶれば、東北地方太平洋沖地震の、発電所の、これからの。。。
顔を上げれば、お不動さんのニラミと護摩の香り。
厄祓いの場でもあるだろうに、何かを授かったようなだるさで、無性にねむたい。
お声明の最中に降ってきた五色の花びらを拾われた見ず知らずの方が
黙って1枚くださった緑の花びら。木の気。
御縁とは無理して手繰り寄せるものでは無いのかもしれないと、ふと考えたり。